エンジニアとしてIT現場に身を置いて10数年が経ちますが、ここ数年の変化は過去15年分を凝縮したような激動の毎日です。これまでもクラウド化やアジャイル開発の普及といった大きな波はありましたが、現在の「AI導入」による変化は質がまったく異なります。
単なるツールの変更ではなく、仕事の進め方やエンジニアとしてのあり方そのものが問われているからです。
私の現場ではClaude CodeやChatGPTといった生成AIツールが当たり前のように導入され、開発フローは劇的に変わりました。しかし、巷で言われているような「AIが勝手に仕事をしてくれる楽園」ではありません。むしろ、泥臭い調整や新しい種類の苦労が増えているのが現実です。
この記事では、AI導入が進む実際のIT現場で何が起きているのか、綺麗事抜きで書き綴ります。これからAIを導入しようとしている現場の方、あるいは今の変化に戸惑いを感じているエンジニアの方にとって、この実録がひとつの道しるべになれば幸いです。
AI導入が進むIT現場で起きている変化

現場にAIが入ってきたことで、開発の風景は一変しました。これまで「職人芸」とされていた部分が自動化される一方で、人間にはこれまでと異なる能力が求められています。私たちのチームで起きている具体的な変化を紹介しましょう。
AI前提の仕事内容、目標設定に変わった
開発における目標設定の基準が、根本から変わりました。これまでは「この機能を実装するのに3日」と見積もっていたタスクが、AIを使えば半日で終わることも珍しくありません。
そのため、評価の軸は「どれだけ速くコードを書けるか」ではなく、「AIを使いこなしてどれだけ高い成果を出せるか」にシフトしています。
具体的には、個人の生産性指標が見直されました。以前はステップ数やコミット数がある程度の目安になっていましたが、今は意味をなしません。AIに書かせれば、大量のコードは一瞬で生成されるからです。
その代わり、私たちは「ビジネス課題を解決するスピード」や「設計の正確さ」を重視するようになりました。上司との面談でも「AIを使ってどう効率化したか」が必ず問われます。単純作業が減った分、より本質的な課題解決に時間を使うことが求められているのです。
コードレビューの質が重要になってきた
コードレビューの重要性は、以前よりも格段に増しています。AIが生成するコードは一見すると正しく動くように見えますが、実は重大なセキュリティホールを含んでいたり、非効率なロジックが混ざっていたりすることがあるからです。
人間が書くコードには、その人の思考の癖や意図が滲み出ます。しかし、AIのコードにはそれがありません。そのため、レビュアーは「なぜこのロジックなのか」をより深く読み解く必要があります。
以前、若手エンジニアがChatGPTで生成したコードをそのままプルリクエストに出したことがありました。動作はしましたが、将来的な拡張性を完全に無視した構造になっていたため、結局すべて書き直すことになったのです。
このように、AI生成物の「もっともらしさ」を見抜く眼力が、今の現場では必須スキルとなっています。
作業スピードが人によって極端に変わった
AIツールの導入により、メンバー間の生産性格差が広がりました。AIをうまく指示出しできるエンジニアは、まるで優秀な部下を数人抱えているかのようなスピードで仕事をこなします。
一方で、AIへの指示(プロンプト)が曖昧なエンジニアは、修正の手間ばかりが増えてかえって時間がかかってしまうのです。
私のチームでも、ベテランと若手の差がさらに開く現象が起きています。ベテランは豊富な知識があるため、AIが出した答えの正誤を瞬時に判断できます。
しかし、知識が浅いメンバーはAIの回答を鵜呑みにしてしまい、バグの原因特定に時間を費やすことがあります。ツールは同じでも、使い手の基礎力によって結果が10倍以上変わる。これが残酷な現実です。
エンジニアの役割が静かにシフトしている

私たちが手を動かしてコードを書く時間は、確実に減っています。その代わり、頭を使って考える時間が増えました。エンジニアという職種は、「ビルダー(作る人)」から「アーキテクト(設計する人)」へと役割を変えつつあります。
要件の抽象化・分解がより重要なスキルになった
これからのエンジニアに最も必要なのは、曖昧な要件を明確なタスクに分解する力です。AIは具体的な指示があれば素晴らしいコードを書きますが、「いい感じに使いやすくして」といったふわっとした要望には対応できません。
例えば、顧客から「売上データを分析したい」という要望があったとします。これをそのままAIに投げても、的確な答えは返ってきません。「どのデータベースから」「どんな軸で」「どのような可視化をするのか」といった要件を、エンジニアが噛み砕いて定義する必要があります。
この「翻訳作業」こそが、今の私たちの主戦場です。言語化能力が高いエンジニアほど、AIを強力な武器に変えています。
AIでは判断できない“現場の感覚値”が価値を持ち始めた
AIは過去のデータから最適解を出しますが、今の現場特有の事情までは考慮してくれません。「このサーバーは特定の時間に重くなる」とか、「あの部署の人はこのUIを好む」といった、データ化されていない“現場の感覚値”が、最終的な意思決定で非常に重要になっています。
先日もとあるプロジェクトで、AIは理論上最適な最新技術を提案してきました。しかし、私たちはあえて枯れた古い技術を採用しました。運用チームのスキルセットや、深夜のトラブル対応コストを考えた結果です。
こうした文脈を読んだ判断は、まだAIには任せられません。現場の空気を読む力は、人間だけが持つ強みなのです。
仕様整合性や制約チェックに強い人が重宝されている
部分的なコード生成はAIが得意とするところですが、システム全体の整合性を保つのは苦手のようです。Aという機能で変更したデータ構造が、Bという機能でエラーを引き起こす。そういった全体像を見渡したチェックができるエンジニアが、今とても重宝されています。
パズルのピースを作るのはAIで構いません。しかし、そのピースが全体の絵柄に合っているか、隣のピースと噛み合うかを確認するのは人間の仕事です。
私の現場でも、細かい実装よりも、仕様の矛盾を早期に発見できる人が評価されるようになりました。「木を見て森を見ず」にならず、システム全体を俯瞰できる視座が求められています。
現場が抱える“AIとの距離感”の問題

AIは便利な反面、新たなストレスの種にもなっています。現場では、AIとどう付き合っていくかという「距離感」に悩み続けています。
AI生成物の品質を検証する手間が増えている
AIが書いたコードの品質保証は、予想以上に骨が折れる作業です。「動くコード」と「品質が高いコード」は別物だからです。AIは平気で非推奨のライブラリを使ったり、無駄なループ処理を書いたりします。
私たちは毎日、AIが吐き出したコードの「粗探し」をしています。便利になったはずなのに、検証作業に追われて残業する日もあります。特にエッジケース(極端な条件下での動作)の考慮が漏れていることが多く、テストケースの作成には人間が知恵を絞らなければなりません。
楽をするために導入したはずが、逆に神経をすり減らす結果になることも少なくありません。
セキュリティ・ライセンス面の懸念が常に付きまとう
企業として最も神経を使うのが、セキュリティとライセンスの問題です。AIに入力した自社のコードが学習データとして使われないか、生成されたコードが既存のオープンソースライセンスを侵害していないか。これらの懸念は常に私たちの頭をよぎります。
私の会社では、機密情報の入力に関する厳格なガイドラインが設けられました。しかし、どこまでが機密でどこからが一般情報なのか、現場での判断は難しいものです。
便利な機能を使いたいけれど、情報漏洩のリスクは犯せない。このジレンマの中で、私たちは慎重に開発を進めています。法務部門との打ち合わせも増え、技術以外の知識も必要になってきました。
AIで効率化したはずなのに増えた仕事

「AIで仕事が楽になる」というのは、半分正解で半分間違いです。単純作業は減りましたが、その分だけ新しい種類の仕事が山積みになっています。
AIが生成したコードのレビューが増えている
開発スピードが上がった結果、プルリクエストの数が爆発的に増えました。これまでは1日2件程度だったレビュー依頼が、今は5件、6件と飛んできます。読むべきコードの絶対量が増えたため、シニアエンジニアの負荷はむしろ高まっています。
しかも、AIが書いたコードは一見綺麗なので、バグを見落としやすいという罠があります。集中力を維持しながら大量のコードを読み続けるのは、肉体的にも精神的にもハードです。
チーム全体でレビューのルールを見直し、AIによる一次チェックを義務付けるなどの対策を講じていますが、それでも追いつかないのが現状です。
AIツールの運用・ルール作りという新しいタスクが発生
新しい道具が入れば、その使い方のルールが必要です。「どのAIツールを許可するか」「プロンプトは共有するか」「費用は誰が負担するか」。こうした運用ルールの策定とメンテナンスが、新たな業務として加わりました。
また、AIツールはアップデートの頻度が非常に高いです。昨日まで使えていた機能が今日変更されている、といったことも日常茶飯事です。常に最新情報をキャッチアップし、チームに周知する役割が必要です。
私たちは週に一度「AI定例」という時間を設け、ツールのアップデート情報や便利なプロンプトを共有し合っていますが、これもまたひとつのコストになっています。
AIで効率化する分タスク量は増える
これが最大のパラドックスかもしれませんが、効率化すればするほど、経営層からの要求レベルは上がります。「AIを使えば半分でできるよね?じゃあ倍の機能を作って」と言われるわけです。
空いた時間が休息に使われることは稀です。より多くの機能開発、より短い納期が求められるようになります。結局のところ、私たちの忙しさは変わりません。
ただ、やっていることの内容が「コード入力」から「設計と検証」に変わっただけとも言えます。この終わりのないランニングマシンに乗っている感覚は、現代のIT現場特有の疲労感かもしれません。
これからのIT現場で強くなるエンジニア像

このような環境下で、これから生き残っていけるのはどのようなエンジニアでしょうか。現場の実感として、求められるスキルセットは明らかに変化しています。
中途半端な技術力しかないと厳しい
厳しい言い方になりますが、単に「仕様書通りにコードが書ける」だけのエンジニアは、今後急速に居場所を失うでしょう。それはAIが最も得意とする領域だからです。
一方で、基礎がしっかりしている人はさらに強くなります。AIが出したエラーの原因をOSのレベルから推測できる人や、アルゴリズムの計算量を理解して最適化できる人です。
AIはあくまでサポート役であり、最終的な責任を持ってシステムを動かすのは人間です。その基盤となる深い技術理解がないと、AIに使われる側になってしまいます。
業務知識 × 特化技術力 × AI運用が強い
最強の組み合わせは、特定の業務ドメインへの深い理解と、得意な技術分野、そしてAIを使いこなす力の掛け算です。例えば「金融業界の商習慣に詳しく、クラウドインフラ構築が得意で、IaCコードをAIに書かせて検証できる人」は、どこの現場でも引く手あまたです。
どれか一つではなく、これらを組み合わせることで希少価値が生まれます。特に業務知識はAIがアクセスしにくい領域なので、ここを握っているエンジニアは強いです。顧客の言葉の裏にある真意を理解し、それを技術に落とし込む力。
これこそが、AI時代における人間の最大の武器になります。
生成AIをチームに馴染ませる“翻訳者”のような役割
チーム内にAIを浸透させ、メンバーの生産性を底上げできる「翻訳者」のような存在も重宝されます。これは単にプロンプトが上手いということだけではありません。AIへの抵抗感を持つメンバーをフォローし、安全な使い方をレクチャーし、チーム全体の出力を最大化できる人のことです。
私のチームにも、新しいAIツールが出るとすぐに試して、その知見をわかりやすく共有してくれるメンバーがいます。彼のおかげでチーム全体が新しい技術にスムーズに適応できています。
技術力だけでなく、こうしたコミュニケーション能力や教育能力を兼ね備えたエンジニアが、これからのリーダーになっていくはずです。
自分の現場で起きていることから見える未来
最後に、今の現場の混沌から見える少し先の未来について考えてみます。
AIを使うかどうかより、使った結果を説明できるかが重要
今後は「AIを使ったかどうか」は問題にならなくなるでしょう。重要なのは「なぜそのアウトプットになったのか」を論理的に説明できるかどうかです。ブラックボックスから出てきた答えをそのまま使うのではなく、その根拠を自分の言葉で語れるか。説明責任を果たせるエンジニアだけが、信頼を勝ち取ることができます。
テックリードの役割は“判断の質”へシフトする
テックリードやマネージャーの仕事は、コードを書くことよりも、無数の選択肢の中から「捨てる決断」をすることにシフトしていきます。AIは無数の提案をしてきますが、どれを採用するかは決められません。
リソース、納期、品質、将来性。これらを天秤にかけ、痛みを伴う決断を下す。その「判断の質」こそが、リーダーの価値になります。正解のない問いに対して、経験と直感を頼りに答えを出す。人間らしい泥臭い仕事は、むしろ増えていくでしょう。
人とAIの境界線が変わるとき、本当に光るスキル
AIの進化は止まりません。今日できないことも、明日にはできるようになっているかもしれません。しかし、だからこそ「人間にしかできないこと」が浮き彫りになります。それは、誰かの悩みに共感することであり、チームの士気を高めることであり、複雑な利害関係を調整することです。
技術の現場であっても、最後に物を言うのは人間力です。AI時代だからこそ、私たちは技術を磨きつつ、それ以上に人間としての深みを増していく必要があります。変化を恐れず、むしろこの波を楽しんで乗りこなす。そんな気概を持って、明日からも現場に立ち続けたいです。