SESで働いていた約8年間、私は「環境を変えるレバー」を持っていませんでした。
現場を変えたくて希望を出しても通らない。同じ保守作業がずっと続く。
都内の自社開発企業で働く現役Javaエンジニア、トムです。Javaエンジニア歴は12年以上になります。
新卒で入った中小SES企業でレガシーなJava案件と向き合い、32歳のときにDocker・Kubernetesを使う自社開発企業へ転職しました。今はClaude Codeと自動化で、仕事も時間も少しずつ組み直しています。
このページは、その途中経過を変更履歴として並べたものです。SES時代の苦労と転職を決意した理由、面接・コーディング試験のリアル、転職後に感じた良い点・厳しい点まで、実体験ベースで書きました。気になるバージョンから読んでください。
電気系の学生、ITの知識はほぼゼロ
「これからはITの時代らしいし、とりあえずそっち行っとくか」くらいのノリでした。
STARTJavaエンジニアとしての最初の一歩
- STEP 1
電気系の学生ITの基礎知識はほぼゼロ
- STEP 2
2014年4月新卒で中小SES企業に入社
- STEP 3
研修ビジネスマナーとJavaを学ぶ
- STEP 4
最初の配属金融系システムの保守・運用(レガシーなJava)
ここからJavaとの長い付き合いが始まりました。
案件ガチャと、ひとりきりの常駐先経歴|SES企業でJavaエンジニアとしてスタート
ドキュメントはほぼ伝説級でした。
RELEASE NOTES — v1.0.0
- AddedJava。金融系システムの保守・運用で、長い付き合いが始まる
- Known issue常駐先のフロアに、自社の人間が自分ひとり
- Known issueレガシーな現場で、環境を変えられないもどかしさ
ここでは、新卒でSES企業に入ってから転職を考え始めるまで、配属先次第で環境が激変するSESの実態と、レガシーなJava案件で感じた停滞感を振り返ります。
ここまでのキャリアの流れを図にすると、次のようになります。
新卒
中小SES企業に入社
配属
金融系レガシーJava案件
数年後
同じ保守作業の繰り返しでモヤモヤ
32歳
転職を決意
転職活動
コーディング試験対策など
転職
自社開発企業へ
現在
Docker/Kubernetes環境で成長中
新卒で中小SES企業に入社
私のエンジニア人生は、新卒で入った中小のSES会社からスタートしました。大学は電気系専攻で、ITの基礎知識はほぼゼロからのスタートでした。
正直に言うと、「これからはITの時代らしいし、とりあえずそっち行っとくか」くらいのノリでした。
SESとは、ざっくり言うとエンジニアを“人材として”企業に提供するビジネスモデルです。
成果物にお金が払われる請負契約とは違い、「この人がこの時間働きます」という時間ベースの契約(準委任契約)がメインです。
だから多くの場合は客先常駐になり、実態としては指示を出すのも自社ではなく常駐先、という現場が多くなります。
説明会では「いろんなプロジェクトを経験できる」「若いうちから成長できる」といった言葉が並んでいました。実際、得られた経験もあります。
一方で、配属先次第で環境も人間関係もガラッと変わる、いわば案件ガチャ的な要素があるのも事実です。
実際に、常駐先のフロアに自社の人間が自分ひとりだけ、という時期がありました。ランチも一人、ちょっとした相談をする相手もいません。
そんな環境で1年近く過ごしたこともあります。今振り返ると、あの孤立感はもっと早く誰かに相談すべきだったと感じます。
社内外問わずエンジニアコミュニティに参加することの大切さを、身をもって学んだ時期でした。
最初の数ヶ月は研修で、ビジネスマナーとJavaを学びました。同期と課題をこなす日々は、それなりに楽しかった記憶があります。
Java案件、そしてレガシー環境
最初に配属されたのは、金融系システムの保守・運用プロジェクトでした。そこで触ることになったのが、がっつりJavaで組まれたシステムです。
ここから、私とJavaの長い付き合いがスタートします。この出会いが、その後のキャリアをほぼ決めたと言ってもいいくらいでした。
ただ、その現場がまあ渋い。いわゆるレガシーど真ん中のシステムです。長年つぎはぎで改修されてきたコードは迷路みたいで、ドキュメントはほぼ伝説級でした。
詳しいことは「○○さんの頭の中にあります」という世界観で、開発環境も年季が入っています。ビルドにやたら時間がかかったり、環境構築だけで一日が溶けたりするのも日常茶飯事でした。
とはいえ、Javaそのものが嫌いだったわけではありません。大規模システムをどっしり支える安定感や、ライブラリの豊富さ、どこの会社でも使われている安心感には助けられていました。
問題はJavaという言語ではなく、その使われ方や、プロジェクトの進め方、そして開発体験そのものにありました。
同じようなレガシー案件を何年も続けるうちに、「このままでいいのか?」というモヤモヤがじわじわ大きくなっていきます。
残業もしたし、休日出勤もしました。でも、それに見合うスキルアップや達成感があったかと言われると、正直ちょっと首をかしげてしまいます。
「このままじゃダメだ」と初めてはっきり思ったのは、代わり映えのしない同じ作業が延々と続いたときでした。
現場を変えたくて希望を出したこともありますが、なかなか通りません。
環境を変えるレバーが自分の手元にないもどかしさは、今でもよく覚えています。
SESと自社開発の違いとは?
SES(System Engineering Service)とは、エンジニアが自社に所属したまま客先常駐で業務を行う契約形態です。一方、自社開発とは、自社で企画・開発したプロダクトやサービスに携わる働き方を指し、客先常駐は発生しません。
この2つの違いが、これから書く転職の背景にあります。まずは違いを表で整理します。
レバーのない8年SESで感じた停滞と、転職前の労働環境
正直かなりメンタルをやられました。
RELEASE NOTES — v1.8.0
- Known issue古いJavaと独自フレームワークの保守が、ずっと続く
- Known issue2年連続の減給
- Known issueフルリモートなのに、深夜の会議が常態化
SES転職を決意した理由
転職を考えた理由はいくつかありますが、一番大きかったのは「レガシーな環境から抜け出したい」という気持ちと、「新しい技術にちゃんと向き合いたい」という思いでした。
私が本格的に転職を考え始めたのは、32歳のときです。新卒から約8年間、SES企業に勤務し、メイン言語のJavaを使ってきました。
理由を先にまとめると、次の3つです。
- 知識の停滞と成長の鈍化
- 「言われたことだけやる」環境
- マネジメントへの違和感と、2年連続の減給
一番の理由は、知識の停滞と成長の鈍化を肌で感じていたことです。
担当していたのは、古いJavaのバージョンを使い続け、独自に作り込まれたフレームワークを保守する現場でした。同じ保守作業を繰り返す日々が続きます。
新しい技術をキャッチアップしようにも、業務で使う機会はほとんどありません。クラウドやコンテナといったモダンな技術は、遠い世界の出来事のように感じられました。
SES特有の環境も、危機感を強めました。現場では、言われたことを正確にこなすことが評価されます。自発的な改善提案より、仕様書通りのプログラムを納期までに作ることが最優先でした。
それはそれでプロフェッショナルな仕事です。ただ、私には「言われたことだけやる」環境が、自分の成長を止めているように思えてなりませんでした。
もうひとつは、マネジメントへの違和感です。個人の成長やキャリアについて真剣に考えてもらえる雰囲気はあまりなく、「このまま年数だけ重ねるエンジニアになるのでは?」という不安が常にありました。
この不安を裏付けるような出来事もありました。2年連続で減給を経験したのです。会社側からもそれなりの説明はありましたが、正直かなりメンタルをやられました。
技術力や成果とは別のところで評価が決まっていく感覚があり、「このままここにいて報われるのだろうか」という疑問が、転職を後押しする決定的な一因になりました。
とはいえ、転職は簡単な決断ではありません。慣れた環境を離れる怖さもあるし、新しい職場で通用するのかという不安もあります。
それでも、「現状維持はゆるやかな後退かもしれない」と思いました。このまま40代、50代を迎えたとき、技術の進歩から取り残されているのではないか、という危機感もありました。
少なくとも自分にとっては、動かないことのほうが怖かった。
転職前の労働環境|フルリモートは本当に楽だったのか?
転職を考え始めた当時、私の働き方はフルリモートでした。「うらやましい」と言われることもありましたが、実態は決して楽なものではありませんでした。
フルリモートになったことで、かえって労働時間があいまいになった面があります。客先常駐(SES)の形態は変わらないため、複数のプロジェクトや現場との調整業務に追われる日々でした。
チャットツールは常に通知が鳴りやまず、日中は会議と調整で手一杯です。自分の開発作業ができるのは、周りが静かになった夕方以降という日も珍しくありませんでした。
そして、最も負担だったのが深夜の会議です。さまざまなステークホルダーの都合を合わせようとすると、どうしても夜遅い時間に会議が設定されがちでした。
背景には、要件定義があいまいなまま見切り発車したプロジェクトの存在もありました。リリース直前に仕様が大きく変わり、その調整のために深夜まで関係者を集める会議が続いたこともあります。
SI業界特有の多重下請け構造の中で、求められる役割も変わっていきました。純粋な開発スキルよりも、顧客への報告資料の作成や、上位の会社への進捗報告、他部署との調整といった管理業務の割合が増えていったのです。
それでも評価が上がるわけではありませんでした。管理業務が増えて負担は明らかに大きくなっているのに、評価はむしろ下がる。このギャップには、素直にきつさを感じました。
肉体的には自宅にいても、精神的には常に仕事に縛られている感覚でした。この環境から抜け出したいという思いが、転職決意の最後の一押しとなりました。
32歳、コーディング試験の壁SESから自社開発に転職|レガシーからモダン開発への挑戦
最大の壁はコーディング試験。
RELEASE NOTES — v2.0.0
- ChangedSES(客先常駐)→ 自社サービスを育てる自社開発企業
- AddedAtCoderでアルゴリズムを学び直して、コーディング試験を突破
- Removed深夜の会議。残業は月10〜20時間程度に
TURNING POINTレガシーからモダン開発へ
BEFORE|SES 約8年
- 古いJavaと独自フレームワークの保守
- 客先常駐、同じ作業の繰り返し
- 深夜の会議が常態化
転職
AFTER|自社開発企業
- DockerやKubernetesが当たり前の環境
- 自社サービスを育てる開発
- 残業は月10〜20時間程度
ここからは、業務系SEだった私が自社開発企業に移るまでの、転職活動とコーディング試験のリアルです。
転職活動のリアル|業務系SEでも自社開発は目指せるか
JOB HUNTING武器と現実
私の武器
- 約8年のJava開発経験
- 4名程度のチームを率いたリーダー経験
直面した現実
- 30代のスキルチェンジ転職は想像以上に厳しい
- 求められるのはポテンシャルより即戦力
→ 結局、「Javaエンジニア」として活動の軸足を固め直しました。
転職を決意し、まずはいくつかの転職エージェントに登録しました。私の武器は、約8年のJava開発経験と、4名程度のチームを率いたリーダー経験です。
エージェントからは「Javaの経験、リーダー経験があれば、紹介できる案件は多いですよ」と言われ、少し安心したのを覚えています。
実際、SIerやSES企業からのオファーは、すぐにもらえそうでした。しかし、私の目標はあくまで「自社開発企業」への転職です。
ここで、最初の現実に直面しました。Web系の自社開発企業では、RubyやGo、Pythonといったモダンな言語も使われています。「あわよくばスキルチェンジもできないか」と、淡い期待を抱いていました。
しかし、30代でのスキルチェンジ転職は、想像以上に厳しいものでした。企業側が30代に求めるのはポテンシャルではなく、即戦力としてのスキルだからです。
未経験の言語をこれから学ぶ人よりも、今ある技術(私の場合はJava)でいかに貢献できるかを問われます。結局、私は「Javaエンジニア」として活動の軸足を固め直しました。
幸い、自社開発企業の中にもJavaをメインで使っている企業は多くあります。大規模なECサイトや金融系のWebサービスなどです。
ただ、ここでもSES時代とのギャップに気づかされました。面接では「Javaのフレームワークを使って何を作ったか」だけでなく、次のようなことを深く問われます。
- なぜその技術を選んだのか?
- 大規模なトラフィックをどうさばいたか?
- パフォーマンスチューニングの経験はあるか?
- テストコードはどのように書いているか?
選考が進むにつれ、技術的な深掘り以外にも定番の質問が繰り返し出てきました。事前に自分の言葉で答えを用意しておくと、当日の余裕が大きく変わります。
- なぜSESから自社開発を目指すのか?
- SESでの経験をどう活かせるか?
- 将来的にどんな技術・キャリアを目指したいか?
- チームでの開発経験・コミュニケーションで意識していたことは?
単にJavaが書けるだけでは不十分で、サービスを継続的に成長させ、安定運用していくための、より深い知識と経験が必要でした。
SES時代にはあまり意識してこなかった視点も多く、知識不足を痛感しました。
最大の壁「コーディング試験」の難易度
転職活動の中で、私にとって最大の壁となったのがコーディング試験です。
SES企業に勤務していた約8年間、いわゆる「アルゴリズムとデータ構造」を意識してコードを書く機会は、正直に言ってほとんどありませんでした。業務で求められるのは、仕様書通りに動くロジックの実装だったからです。
しかし、応募した自社開発企業の選考には、ほぼ例外なくコーディング試験が含まれていました。形式はさまざまです。
💻 Webテスト式
制限時間内に、オンライン上で出題される複数のお題を解く(AtCoderのようなプラットフォームを使う)
🎤 ライブコーディング形式
面接官と画面を共有しながら、その場で出されたお題を解く
なお、これは2026年8月時点の情報ですが、コーディング試験に生成AIの利用を許可する自社開発企業も増えてきています。応募先がAI利用OKなのか、素の実装力を見たいのかは、事前に確認しておくと当日戸惑わずに済みます。
出題されるのは、「〇〇フレームワークを使って××の機能を作ってください」といった業務的なものではありません。「この文字列の中から、特定の条件を満たす部分文字列を見つけなさい」といった、計算量や効率的なアルゴリズムを問うものが中心でした。
最初、何の対策もせずに試験に臨んだ私は、まったく歯が立ちませんでした。「業務でこんなコード書いたことない…」と頭が真っ白になり、制限時間だけが過ぎていきます。
その後、AtCoderや競技プログラミングの問題集で、アルゴリズムとデータ構造を基礎から学び直しました。毎日少しずつ練習を積み重ねると、数ヶ月後にはようやく手応えを感じられるようになり、最終的に内定につなげることができました。
これから自社開発企業を目指す方は、技術面接の対策と並行して、コーディング試験の対策にも時間を割いておくと安心です。
ここまでの転職活動の流れを図にまとめます。
転職エージェントに登録
▼
スキルチェンジ(Ruby/Go/Python)は可能か?
→ 30代は即戦力重視で狭き門
▼
Javaエンジニアとして軸足を固め直す
▼
書類選考(ポートフォリオ公開で通過率UP)
▼
技術面接(設計判断・志望動機を深掘り)
▼
コーディング試験(アルゴリズム基礎から学び直し)
▼
内定・自社開発企業へ
転職は早いほうがよい?30代でも挑戦は可能か
AGE SCALE年齢で変わる「見られるもの」
20代
ポテンシャル
学習意欲の高さが評価され、未経験の分野でもチャンスが多い
30代半ば以降
即戦力
高い専門性やマネジメント経験が求められる
32歳は、ギリギリ「ポテンシャル+即戦力」の両面で見てもらえた年齢だったのかもしれません。
結論から言えば、転職を考えているなら1日でも早く動き始めるべきです。年齢が上がるほど、転職市場で求められるものが変わってくるためです。
20代であれば「ポテンシャル」や「学習意欲の高さ」が評価され、未経験の分野でも採用されるチャンスが多くあります。
しかし30代、特に30代半ば以降になると、企業側は「即戦力」を求めます。ポテンシャル採用の枠はぐっと減り、その分野での高い専門性や、チームを率いたマネジメント経験が要求されることが一般的です。
私の場合、32歳だったことが、ギリギリ「ポテンシャル+即戦力」の両面で見てもらえた要因の一つだったかもしれません。
とはいえ、30代だからもう遅い、とあきらめる必要は全くありません。私自身が30代前半で、レガシーなSES環境から自社開発企業への転職を成功させました。
「30代での転職はリスクが高いのでは」と迷う気持ちもよくわかります。ただ、不満を抱えたまま同じ場所にとどまり続けることも、それはそれでリスクです。
大切なのは、年齢を嘆くことではなく、「何をやりたいか」を明確にすること。そして、今すぐ行動(学習・対策)を始めることです。
今日から始められる行動は、たとえば次の3つです。何でも構いません。小さな一歩が、未来を変えることにつながります。
週末や平日の夜に、小さな案件を受けてみる方法もあります。SESとは違う技術要件や納品スピード感に触れられ、面接で語れる「実務外の開発経験」にもなります。ただし、副業が認められているかは、事前に就業規則で必ず確認してください。
また、SESでの経験がすべて無駄になるわけでもありません。次のような経験は、自社開発企業でも必ず活きる場面があります。
「自分にはモダンな技術がないから…」と卑下する必要はありません。これまでの経験は、見せ方次第で強力な武器になります。
転職先を選ぶときにチェックすべき自社開発企業の特徴
「自社開発」と一口に言っても、実態は企業によって大きく異なります。複数社の選考を受ける中で、内定後に後悔しないための判断軸がいくつか見えてきました。
選考段階でここまで確認できれば、入社後のギャップはかなり小さくできるはずです。
SESから自社開発への転職を成功させるポイント
振り返ってみると、選考を通過できた面接には共通点がありました。
業務外のアウトプットも、評価材料になります。個人開発やこのブログのような発信活動は、「実務以外でも学び続けている人」という評価につながることがあります。
カルチャーショックと、変わった評価軸転職後の現実|転職してよかった点・大変だった点
会議で出たアイデアが、翌週にはもう実装されて動いていることもあります。
RELEASE NOTES — v2.1.0
- Changed評価軸が「言われたことをミスなく」から「自分から提案する力」へ
- AddedテストコードとCI/CDが当たり前の開発、踏み込んだコードレビュー
- Known issue求められる技術レベルが高く、キャッチアップは今も続く
転職後の現実|技術レベル・開発スピード・評価軸の変化
AFTER転職して変わったこと
月10〜20h
残業時間。大きく減った
なし
転職前に常態化していた深夜の会議
翌週
会議で出たアイデアが実装されるまで(SES時代は承認だけで数週間)
数ヶ月にわたる活動の末、第一志望群だった自社開発企業から内定をいただきました。自社サービスを持っていて、技術選定や開発プロセスの自由度が高いことが決め手でした。
入社してからは、正直カルチャーショックの連続でした。開発環境は快適で、DockerやKubernetesが当たり前に使われています。エンジニア一人ひとりの裁量が大きいことも印象的でした。
まず感じたのは、周りのメンバーの技術レベルの高さです。新卒数年目の20代のエンジニアが、私よりもはるかに深い技術的知識を持っています。入社してからの数ヶ月は、ついていくのがやっとでした。
技術レベル以上に衝撃だったのは、意思決定のスピードです。会議で出たアイデアが、翌週にはもう実装されて動いていることもあります。SES時代は、ちょっとした改善提案ひとつが承認を得るまでに何週間もかかるのが当たり前でした。
SES時代に「当たり前」だと思っていたことが、まったく通用しない場面も多くありました。
毎日が勉強の連続で、キャッチアップしなければならない知識が山のようにあり、大変だと感じることも多いです。ただ、この大変さはSES時代の停滞感とはまったく質が異なる、前向きな「成長痛」です。
働き方も大きく変わりました。最も大きな変化は、残業が大きく減ったことです。現在の残業は、月10〜20時間程度に収まっています。転職前に常態化していた深夜の会議もなくなりました。
定時になれば、ほとんどのメンバーがさっと仕事を終えて帰宅します。生まれた時間は、技術書のキャッチアップや趣味、家族との団らんに充てています。
一方で、もう一つの大きな変化が評価軸の変化です。SESでは、極端に言えば「言われたことを、ミスなく期限内にやれば」評価されました。
今の自社開発企業は違います。「サービスをより良くするために、何ができるか?」「今、チームが抱えている技術的な課題は何か?」を常に考え、自分から提案し、実行する力が求められます。
言われたことを待っているだけでは、まったく評価されません。残業がなくなること以上に、受け身の働き方に慣れていた私にはこの変化のほうが堪えました。
転職してよかった点・大変だった点|SESから自社開発への転職は成功したか
結論として、30代でのSESから自社開発への転職は十分可能であり、私自身「転職して本当によかった」と思っています。ただし、その道のりは決して平坦ではありませんでした。
◎ 転職してよかった点
- 残業が減り、ワークライフバランスが大きく改善した
- モダンな技術環境(レガシー脱却)で開発できるようになった
- 優秀な同僚に囲まれ、日々成長を実感できる
- 開発スピードが速く、ユーザーの声を受けて改善を回せる
△ 転職して大変だった点
- コーディング試験など、選考対策が大変だった
- 求められる技術レベルが高く、入社後のキャッチアップが続く
- 評価軸が「受け身」から「自発的」に変わり、自走する力が求められる
すべてが楽園というわけではありません。自ら学び、動き続けないと、あっという間に取り残されてしまう厳しさがあります。
それでも、SES時代に感じていた「キャリアの停滞感」や「将来への漠然とした不安」は解消されました。今は「エンジニアとして成長している」と言えます。
ひとつだけ後悔を述べるとすれば、「できれば20代のうちに転職しておけばよかった」というありきたりな言葉に尽きます。
もし今、30代でSESからの転職を迷っているなら、まずは小さな一歩からで構いません。転職エージェントに登録する、コーディング試験の勉強を始める、気になる企業の技術ブログを読んでみる。その小さな行動が、未来を大きく変えるきっかけになるはずです。
コードとAIで、人生を組み直している途中ブログを始めた理由|Java初心者へ伝えたいこと
レバーは、一本じゃなくていい。
RELEASE NOTES — v3.0.0-beta
- AddedClaude Code。実務でもプライベートでも毎日使っている
- Addedブログの投稿・分析・SEOの見直しを自動化で回す仕組み
- WIP脱サラの準備。会社員は続けながら
転職でひとつ目のレバーを引いたあと、次に増やしたのは「自分の名前で作れるもの」でした。それがこのブログです。
今は実務でもプライベートでも、Claude Codeを毎日使っています。いちばん生活を変えた自動化はこのブログで、投稿・分析・SEOの見直しまでを自動化の仕組みで回しています(Claude Codeでできること10選にまとめました)。
会社員を続けながら、脱サラの準備も少しずつ進めています。どれもまだ途中ですが、その途中経過ごと、このブログに書いていきます。
WHY THIS BLOGこのブログが目指す場所
PLACE
困ったときに
ちょっと頼れる場所
PLACE
読むと少し
やる気が出る場所
PLACE
もう一歩踏み出して
みようと思える場所
うまくいった話だけでなく、失敗談も実体験ベースで書いていきます。
ここからは、Java初心者の方やキャリアに悩む若手エンジニアの方に向けて、このブログを始めた理由と、会社員を続けながら書き続けている理由を書いておきます。
ブログで成し遂げたいこと|自己表現と価値創造
このブログは、ただ情報を発信する場所というより、自分にとっては「自分を試す場所」です。
転職して、新しい環境で毎日それなりに刺激もあり、仕事にもやりがいがあります。それでも、あるとき「このまま会社員として働き続けるだけでいいんだっけ?」と、ふと考えることがありました。
会社の中での成果は、どうしても「組織の一員としての成果」です。自分の純粋な興味や好奇心を、そのまま形にできるわけではありません。「もっと自分の名前で何かを作れないか?」という気持ちがずっと引っかかっていました。
もともと自分は、口頭より文字でのコミュニケーションのほうが得意なタイプです。子供の頃からそうでした。会社ではどうしても口頭でのやり取りやその場の瞬発力が評価されやすく、小さなミスマッチを感じていました。
そこで思いついたのがブログでした。テーマも書き方もすべて自由で、自分の経験や考えをそのまま出せます。書くことで思考が整理され、成長のログにもなります。
まだ道半ばですが、200を超える記事を書いてきた中で、少しずつ自分の方向性が見えてきました。1年以上書き続けたことで、文章力も発信力もだいぶ鍛えられたと感じています。
Java初心者・若手エンジニアへ伝えたいこと
このブログでいちばん届けたいのは、昔の自分みたいに悩んでいるJava初心者の方や、キャリアに迷っている若手エンジニアの人たちです。
新卒でIT業界に入ったときは、本当に何も分かりませんでした。特にレガシーなJava案件の現場では、技術を覚えるだけでなく、独特の文化や人間関係にもかなり苦労しました。「相談できる人がいたら…」と何度思ったか分かりません。
だからこそ、このブログでは、うまくいった話だけでなく、失敗談やそこから学んだことも含めて、実体験ベースでリアルな話を書いていきたいと思っています。
目指しているのは、「困ったときにちょっと頼れる場所」「読むと少しやる気が出る場所」「もう一歩踏み出してみようと思える場所」になることです。
具体的には、次のようなテーマで記事を書いています。
まだまだ勉強中の身ですが、読者の皆さんと一緒に成長していけたらうれしいです。コメントや質問も気軽にどうぞ。
仕事以外のこと|本棚・ゲーム・ポイ活
本は、技術書だけでなく、小説・ビジネス書・自己啓発書もよく読みます。小説はミステリーが多めです。
Kindleに入っている本から145冊を、トムの本棚に並べました。本ごとの書評は、これから少しずつ書いていきます。
ゲームは、据え置き機からSteam、MODまで遊びます。持っているゲームはトムのゲーム棚に並べています。クラロワが好きで、自分でもオリジナルの対戦ゲームを作りたくなり、今はClaude CodeとGodotで制作中です。その様子は制作ログに書いています。
ポイ活も趣味で、別ブログ「トムのポイ活攻略ログ」で、アプリごとの貯め方や試算を書いています。
次のバージョンは、まだ書いている途中
このページは、新しい章ができるたびに変更履歴を足していきます。
トムのスペック表Javaエンジニアの武器|スキル・技術スタック
2026年10月時点のスキルです。
LANGUAGE言語
FRAMEWORKフレームワーク
DATABASEDB
INFRAインフラ・サーバー
TOOLSバージョン管理・ツール
AIAI
PROCESS工程
今も使っているSES時代に使った学習中青い数字=経験年数
メインはJavaですが、個人開発やこのブログの運営ではPythonを書いています。iOSアプリ(Swift)は個人開発でApp Storeにリリースしました。Android開発(Kotlin)にも興味があり、少しずつ学習を進めています。
取得資格
- 2014年9月 Oracle Certified Java Programmer, Silver SE 7(Java Silver)
- 2014年11月 基本情報技術者試験
- 2015年3月 3級ファイナンシャル・プランニング技能士
- 2016年6月 応用情報技術者試験
- 2020年9月 Python3エンジニア認定基礎試験
- 2021年9月 AWS Certified Cloud Practitioner
Java一筋の理由他言語への興味と今後の展望
LANGUAGE MAP主力と、気になっている言語
MAIN
Java
新卒から今のバックエンドまで
Javaを選んだ理由は、実のところ「気づいたらずっとJavaだったから」です。とはいえ、他の言語への興味も尽きません。ここでは、Javaを選び続けてきた理由と、今気になっている他の言語について書きます。
Javaを選ぶ理由|経験と安定性
新卒で入ったSES企業で、最初に本格的に触った言語がJavaでした。そのあともアサインされる案件はほぼJavaで、言語を選べる立場ではありませんでした。
与えられた環境で結果を出すことに集中するうちに、自然とJavaの経験値が積み上がっていきました。言ってしまえば、成り行きでJavaエンジニアになった感じです。
とはいえ、Javaにはちゃんと強みがあります。オブジェクト指向ベースの堅実さ、豊富なライブラリやフレームワーク、そして大規模開発での実績。多くの企業で採用されているので、求人も多いです。
特に金融系や業務系のシステムでは、今でもJavaの信頼性は高く、派手さはなくても「ちゃんと動き続ける」安心感があります。
転職した今も、バックエンドの主力はJavaです。長年やってきたおかげで、新しい環境でも即戦力として動けています。Java一筋でやってきたことに後悔はありません。
むしろ、Javaを深く理解しているからこそ、他の言語を学ぶときにも比較しながら理解できます。設計思想の違いや、言語仕様のクセが見えやすいのは、地味に大きなアドバンテージです。
Python・Swift・Kotlinへの挑戦
心のどこかではずっと「Java以外もやりたいな」と思っています。気になっているのは、PythonやSwift、Kotlinあたりです。
Pythonは、とにかく書きやすい言語です。コードが読みやすくて無駄がなく、機械学習やデータサイエンスの分野ではほぼ標準装備の存在です。2026年現在は、生成AIの普及でPythonの需要はさらに高まっています。
Swiftは、iOSアプリ開発といえばこの言語で、設計がモダンで安全性も高いです。いつか自分のアプリをApp Storeに出してみたい、という気持ちはわりと本気です。
Kotlinは、より現実的な選択肢かもしれません。Javaとの相性が良く、コードはよりシンプルで安全に書けます。2019年にAndroidの推奨言語となり、2026年現在ではKotlinファーストが標準です。Java資産を活かしながら、モダンな書き方に寄せられるのは魅力的です。
新しい言語を学ぶと、問題の切り取り方や設計の仕方が変わり、エンジニアとしての引き出しが増えていきます。実際にこのブログでは、Pythonを使った自動化スクリプトの開発や、Swift/Kotlinの学習についても発信しています。
| REV. | DATE | 内容 |
|---|---|---|
| 3 | 2026-08-30 | 2026年8月時点の情報で全体を見直し(古い記述を2件更新) |
| 2 | 2026-05-07 | 2026年5月時点の情報で全体を見直し |
| 1 | 2025-05-22 | 初版 |
転職エージェントに登録する、コーディング試験の勉強を始める、気になる企業の技術ブログを読んでみる。どれか1つで十分です。
続きを追う:X(@Tom_Java_Tech) / RSS
途中経過は、また書きます。
よくある質問
Q1. SESとは何ですか?
SESとは、エンジニアを"人材として"企業に提供するビジネスモデル(準委任契約)のことです。成果物に対価が発生する請負契約とは異なり、「この人がこの時間働く」という時間ベースの契約が基本で、多くの場合は客先常駐になります。
Q2. SESと自社開発の違いは何ですか?
SESはエンジニアが自社に所属したまま客先常駐で働く契約形態で、自社開発は自社のプロダクト・サービスを開発する働き方です。自社開発では客先常駐が発生せず、評価軸も「言われたことをこなす」から「自発的に課題を見つけて動く」に変わります。
Q3. SESと派遣の違いは何ですか?
どちらも客先で働く点は似ていますが、契約が違います。SESは準委任契約で、業務の遂行に対して報酬が支払われ、指揮命令は本来、所属する自社が行います。派遣は労働者派遣契約で、派遣先が指揮命令を行います。
Q4. 30代でSESから自社開発への転職は本当に厳しいですか?
厳しさはありますが不可能ではありません。企業は即戦力を求めるため、未経験分野へのスキルチェンジより、今ある技術(筆者の場合はJava)を軸にした転職活動が現実的です。
Q5. コーディング試験の対策はどれくらいの期間が必要ですか?
筆者の場合、AtCoderや競技プログラミングの問題集を毎日少しずつ学習し、数ヶ月で手応えを感じられるようになりました。
Q6. コーディング試験に生成AIを使ってもよいですか?
企業によります。2026年時点では生成AIの利用を許可する自社開発企業も増えていますが、素の実装力を見たい企業もあるため、応募先に事前確認するのが確実です。
Q7. SESでの経験は自社開発企業でも活きますか?
大規模システムの運用・保守経験、顧客折衝力、障害対応力、ドキュメント作成能力は自社開発企業でも活きます。ただしテストコードの記述やコードレビュー文化など、評価軸そのものは大きく変わります。
Q8. 自社開発企業を選ぶときに確認すべきことは?
自社開発の割合(受託と両方手がける企業もあるため)、コードレビュー文化の有無、テストコードを書く文化があるかの3点を面接で確認するとよいです。入社後のギャップを左右する重要な判断軸です。
Q9. ポートフォリオは転職に本当に必要ですか?
必須ではありませんが効果は大きいです。筆者の場合、ポートフォリオなしでは書類がなかなか通りませんでしたが、GitHubにコードを公開してからは通りやすくなりました。
Q10. トムさんはどんなエンジニアですか?
Javaエンジニア歴12年以上で、SES企業でレガシーJava案件を約8年経験したのち、Docker・Kubernetesを使う自社開発企業に転職した現役エンジニアです。
Q11. どんな技術資格・技術スタックを扱えますか?
Oracle Certified Java Programmer, Silver SE(Java Silver)を取得しています。メイン言語はJava(Spring Boot / Jakarta EE)で12年以上の経験があり、ほかにDocker・Kubernetes、MySQL・PostgreSQL・Oracle、Git・CI/CDなどを扱っています。
Q12. このブログはどんな人向けですか?
SESから自社開発への転職を考えているJavaエンジニアや、Java初心者、キャリアに悩む若手エンジニア向けに、実体験ベースの情報を発信しています。
※本記事は2026年7月時点の体験に基づく実録です(2026年9月に転職体験記と統合して更新)。




