最後のジョブ
十二年、誰も見ていない場所で動き続けたもの
午前二時十七分。機械の音しかない部屋で、私は古いサーバーの電源を落とす準備をしていた。
十二年動き続けたその箱に残っているのは、もう誰も使っていないシステムだけ——のはずだった。
念のため、と打ち込んだ一行が、その夜を長くした。
森さんという名前には、覚えがあった。
私がこの会社に入る前に辞めた人で、机の引き出しに万年筆を置いていった人だ。
宛先の hana は、奥さんの名前だった。
送信ログは、十二年分そろっていた。
0通一度も、途切れていない毎朝六時。空の色を取りに行き、十七音にして、同じ住所へ送る。
それだけのスクリプトだった。
けれど、受け取る人はもういない。
三年前の春から、メールはすべてエラーで戻ってきている。
それでもジョブは毎朝起きて、空を見て、十七音を作って、誰もいない住所へ送り続けていた。
返事が来ないことを、確かめもせずに。
私は電源ボタンから手を離した。
ログの最後の一通を開く。今朝の分だ。
窓の外が、少しずつ白んでいく。
あと四十三分で、六時になる。
私は宛先を、自分のアドレスに書き換えた。
それから、コメントの行だけ足した。
— 了 —

